四足天神(江戸時代の静岡天満宮)

【慶長12年 家康在城当時駿府絵図】
【慶長12年 家康在城当時駿府絵図】

 上の図は、昭和63年に静岡天満宮が復刻した絵図の一部である(原図は静岡県立中央図書館に所蔵)。 慶長12年(1607年)は、家康が征夷大将軍の位を秀忠に譲った2年後にあたり、駿府城の大改修を始めた年でもある。四足御門は諸大名が家康謁見のとき城内に入る門であり、この周辺は当時の東海道のメインストリートである。四足御門の町名(四ツ足町)も記されている。

 図の中で赤色の部分は社・寺を示している。
 図の赤い印は、現在の静岡天満宮の所在地とほぼ同じ場所であり、そこに記された文字は「四足天神」と判読できる。既にこの時代には、静岡天満宮は、「四足天神」とも称され、諸大名や庶民に崇敬されていたのである。