菅原道真公と梅

 菅原道真公と梅との関係は深い。

 道真公の五条の邸宅の庭前には梅があり、公は常に梅を眺めての生活を送っていた。
 公は和歌(やまとうた)にも漢歌(からうた)にも優れた方で、『菅家文草』の冒頭 には11歳で初めて詠んだ漢詩(月夜見梅花)が載っているが、これが「梅」の詩である。

 道真公は、昌泰4年(901)、藤原氏との権力争いに破れ、九州大宰府に配流される。京五条の邸宅を離れる際、庭前の梅に呼びかけ、以下の和歌を詠んだ。

 東風吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ

(梅の木よ、東風が吹いて春が来たなら、また芳しい花を咲かせておくれ。主人がいないからといって、春を忘れてはならないよ)

 

 伝説によれば、梅の木は公を慕うあまり、一夜のうちに大宰府まで飛んでいき、花を咲かせたという(飛梅伝説)。

 ちなみに、五条の邸宅には桜や松もあったが、桜の木は悲しみのあまりみるみる枯れてしまい、松の木は公を慕って飛び去ったが、大宰府まで届かず、現在の神戸市板宿の飛松岡というあたりに根を下ろしたという(飛松伝説)。

 

【 紅梅 】
【 紅梅 】
【 白梅 】
【 白梅 】